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第7話 谷戸山(やとやま)

2002年06月24日 00:00

第7話 谷戸山(やとやま)

谷戸山(やとやま)

6月21日、夜の谷戸山公園に蛍を見に行きました。湿生生態園の両脇に飛び交う蛍がけっこう強い光を放つのに感動しました。
さて、今回はその谷戸山公園に伝わるたいへん古いお話を紹介しましょう。

谷戸山の伝説

「皇国地誌残稿」(こうこくちしざんこう)によれば、612年(飛鳥時代、推古〈すいこ〉天皇の御代、聖徳太子がいたころ)、このあたりが地響きをたてて揺れ動いたので不動明王(ふどうみょうおう)をまつって祈ったところ、ゆれがおさまりました。

その隣の山に堂を建て、僧が毎日お経を読むようになると、蛇穴が谷戸に住む大蛇がこの僧を食おうとしてやってきました。しかしお経の力で大蛇は僧に近づくことができませんでした。やがて大蛇はお経を聞くうちにその御利益(ごりやく)で成仏(じょうぶつ)できました。

本堂山
この山の上に星谷寺があったといいます。
手前の田が大坊谷戸で、今でも水に景色が映っています。

その後、奈良時代になって有名な僧の行基(ぎょうき)がここを訪れ、観音様の像を刻んでくださったのでこれを本尊とし、やがてこの寺が星谷寺(しょうこくじ)になったのでした。

注:今回の原稿を書くにあたって皇国地誌残稿を探したのですが読むことができませんでした。よって「座間むかしむかし」にたよりました。

伝説の場所

伝説に出てくる場所は、すべて現在の谷戸山公園内にあります。
まずひまわり公園と呼ばれるテニスコートがある部分の奥の丘が明王(みょうおう)、または明王堂と呼ばれています。キャンプ座間の水源地になっていますが、ここが地響きをたてて揺れた場所でしょう。丘の名前は忘れられてもその北側の住宅地の住所は「明王」として残っています。

水鳥の池
人工的に作られた池ですがこのあたりが蛇穴が谷戸です。

「蛇穴が谷戸」とは「水鳥の池」があるあたりです。僧が住んだお堂があったのは里山体験館から見て谷の向かい側で、「本堂山」(ほんどうやま)と呼ばれていました。今はここを「伝説の丘」と呼んでいます。里山体験館の前に広がる田んぼを「大坊谷戸」(だいぼうやと)といいますが、大坊とは寺の僧が住んでいた場所のことです。昔はこの田が池で、水面に夜空の星が映ったことから星の谷(ほしのや)とも呼ばれました。星谷寺の名はここからつきました。
また、星谷寺の別名を星の谷観音というのもこのためです。なお、明王の丘にあった明王堂は、座間神社の境内に移されています。

明王社
今は座間神社に祀られています。

地鳴りとゆれの原因は

地鳴りとゆれといえば地震そのものです。地震はおもに活断層(大地が割れてずれているところ)で起こるのですが、ここに活断層があるというわけでもなさそうです。ただ、市役所やハーモニーホールを建てる時におこなわれた地下構造の調査記録を見ると、市役所あたりに比べてハーモニーホール側の基盤が20m以上低いのです。
そこにあった「入の谷戸」(いりのやと)という谷を埋めてホールが建設されたのですが、それにしても明王という丘を中心に東側は東に流れる入の谷戸、南側は西に流れる大坊谷戸と、湧いた水が流れる方向が違うのも不思議です。

明王
この奥の山が鳴動した場所です。

そもそも明王の丘は座間市でもっとも標高が高いところなのですが、そこから東にも南にも西にも水が湧いていることじたいが不思議です。昭和の中頃、長野県の長野市に近い松代(まつしろ)で鳴動がながく続き、松代群発地震と呼ばれましたが、これは地下から水が噴き出して静まりました。谷戸山の鳴動も地下水と関係あったのではないかとまめこぞうは勝手に思ってその秘密の証拠を探しています。

大蛇は人?

大蛇と言えばこのまめこぞうシリ-ズの第1回にも登場しましたね。鈴鹿神社の伝説で地元の神と鈴鹿の神、さらには相模原のあるかの神が三つどもえになって戦う話です。鈴鹿伝説の大蛇は当時の人たちのことと解釈すればもっとも自然に理解できるのですが、谷戸山伝説の大蛇も同じなのではないでしょうか。

蛇ではなくて地元の仏教を信じていなかった人々を象徴した表現なのではないか、とまめこぞうは考えています。この伝説は仏教に反対していた人々がやがて寺と和解して仏教を信じるようになったことを表しているのではないでしょうか?そのころ国の中心でも仏教を取り入れるかどうかを一つの争点として、蘇我氏と物部氏が大きな争いをしていましたからね。

ちなみに鈴鹿からやってきて座間に住み着いた人々は、物部氏の関係者ではないかとまめこぞうは考えています。物部氏の守ろうとした宗教と蛇は密接な関係があるんですよね・・・

鳴動というのもまったく見方を変えれば地面が動いたのではなく、地元の人々が集結して騒いだことを表している可能性もあります。それとも本当にでかい蛇がいたのでしょうか‥今でもいるのかな‥夜になるとあの池の上でザバザバと泳いでいるかも‥

しかし・・・

ここまで書いておきながらおかしな話ですが・・

こんなに地名がばっちり残っているというのに、実は本堂山からはそこに寺があったという証拠が何も見つかっていません。飛鳥時代から始まって江戸時代中期まであったはずなのに何も発見できないのは、埋もれていてまだ見つかっていないだけなのだと信じているのですが・・

まめこぞう

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