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第19話 日本武尊

2003年10月01日 00:00

第19話 日本武尊

日本武尊は座間を通過した?

 古事記、日本書紀には実に多くの神や人物が登場しますが、その中でも悲劇の英雄として忘れられない存在、それが日本武尊(やまとたけるのみこと)です。日本武尊は西に東にかけめぐったと伝えられ、全国にたくさんの伝説を残しています。
座間市には特に日本武尊にまつわる話が残っているわけではないのですが、まめこぞうは日本武尊が座間の地を通ったのではないか、しかもあの有名な草薙の話は座間で起きた出来事ではないかと思っているのです。

古事記に登場するヤマトタケルの物語の一部

景行天皇(けいこうてんのう:二世紀ごろ?の天皇)の子である小碓皇子(おうすのみこ)は父や兄に命ぜられて九州のクマソ一族を討ちに行きました。小碓は敵のリーダーであるクマソタケル兄弟に女装して近づき、すきを見て剣で刺しました。刺されたクマソタケルは小碓の勇気をたたえ、自分の名であるタケルを名のるように言い残して死にます。
これによって九州地方を平定した小碓は父のいる大和に無事帰ったのですが、父達は小碓に休む間も与えず、再び東国へ行ってヤマトに従わない者を討つように命じます。
小碓は父が自分に死ねと言っているのも同じだと嘆きますが、おばのヤマトヒメノミコトから火打ち石の入った袋と剣(三種の神器の一つで天皇家にとってはとても大切な剣。スサノオノミコトがヤマタノオロチの体内から取り出したという)を与えられて励まされました。
東国へ向かった小碓は相武国で(さがむのくに:現在の神奈川県あたり)ある国造(くにのみやつこ:その地方の豪族)に出会います。国造は
「野原の中に大沼があり、そこには荒々しい神がいます」
と言って小碓にそこへ行くようにすすめました。小碓が野原に入ると国造は周囲に火を放ち、小碓を焼き殺そうとしました。ワナだったのです。

小碓は持っていた剣で自分のまわりの草をなぎ払って安全地帯を作り、逆に火打ち石でその外側に火をつけることで安全地帯を広げてゆき助かりました。そのあと小碓たちは国造達をみな斬り殺して、死体を焼き、その場所をヤキツと呼びました。

またこの時の剣は「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになりました。ただし古事記では初めからこの剣を草薙剣と呼んでいますが、本来はヤマタノオロチからとりだした剣は「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)と呼ばれていました。そしてこの火攻めの話は一般に「草薙伝説」と呼ばれるようになりました。

日本書紀では話が違う

同じ話を書いているはずの日本書紀ではおよそのストーリーは古事記のものと似ていますが、国造は沼の神ではなく鹿を見に行くようにすすめています。また、その場所は駿河の国と書かれています。このことから現在ではタケルが火攻めにあい、相手を殺して焼いたヤキツは静岡県の焼津(やいづ)であるとされています。焼津には草薙という地名もありますし、また日本武尊にまつわる神社や史跡がたくさんあります。

相武か駿河か

ヤキツは古事記では相武国、日本書紀では駿河国にあるとされています。駿河の焼津は文字から見てもヤキツにまちがいないとされ、するが説が圧倒的に有利となっています。
しかしまめこぞうは相模の人間ですから自分に都合のいい相武国説を信じます。
(この部分、すごい書き方ですね。何の説得力もありません・・が、もうちょっと読んでください・・)

相武なら舞台はどこか

相武国が正しいのなら当時の海岸線は現在の厚木市の少し南にありましたから(鈴鹿明神の回を参照)タケル達は足柄峠(あしがらとうげ)から松田、秦野、伊勢原、厚木と古代の東海道(ひがしのうみつみち)を進んだと思われます。この古代の東海道は旧国道246号線に近いところを通っていました。

海老名市に残る古代の東海道
(海老名市国分寺台)

写真の中央、草が生えている部分。
写真の手前から舗装道路を直角に横切っています。

もはや10mほどしか残っていません。
その先は宅地開発でつぶされています。

この道筋近くで大沼という沼がある(または大きな沼がある)野原とは相模野(さがみの:相模原市や座間市の台地を呼ぶ地形学用語)しか考えられません。相模原市の中心あたりについ最近まで大沼という沼があったのです。現在は宅地化されてしまいましたが地名として残っています。相模原市東大沼の地図を見ると道路が輪を描いていて、かつてここが直径数百mにもおよぶ円形の沼地であったことがわかります。

左の地図は大沼の跡です。
円の北のふちに大沼神社があります。
この神社と座間市との関係もまたいずれ・・

 相模野台地の上は現在でも一部が野原になっていますが、古くは人の住むところではありませんでした。飲み水がないからです。では国造はどこに住んでいたのでしょう。
当時の人々は水田を中心に生活していました。とすれば相模川周辺が一番可能性が高いでしょう。現在の厚木、海老名、座間の低地のどこかです。かなり大きな古墳群が存在することから考え、相模川中流域における当時の文化・政治の中心は海老名か厚木にあったと思われます。国造は海老名にいたのでしょうか?

ヤキツはどこ?

 この「草薙伝説」が相武の国で起こったとすると一つだけ説明できない重要なことがあります。それはヤキツの位置です。このあたりにヤキツという地名がないのです。
しかしまめこぞうはどこまでも自分勝手に自分の都合がいいように想像をめぐらせるのです・・・
ヤキツがやがてアキツと発音されるようになり、これがアツキに変化したと・・
そう、ヤキツは厚木だと・・

実は厚木の地名の語源はわかっていません。川をつかって木を集めた集積所だったから「あつめぎ」と言われ、それがなまったと言うのが定説のようですがこれだって無理がありませんか?
ヤキツはただ焼いた土地というだけでなく、「ツ」は津、すなわち船のとまる場所を表すはずです。厚木が相模川流域で最大級の町になったのは陸上交通と水上交通の要であったからです。当時の相模湾から川をさかのぼって来る水上交通路を考えても、船が停泊する津と言えるのは厚木だけだったでしょう。厚木は津です。

ヤキツと草薙の地は違う

ヤキツはタケルが草を薙ぎ払った場所と思われがちですが違います。記紀のどちらの話も火攻めにあったあと、怒って相手を斬り殺し、焼いた場所がヤキツであると書かれています。ヤキツと火攻めの舞台は少し離れているのです。ではそれはどこか・・ ヤキツが厚木か海老名のあたりだとするとそこから相模原の大沼に向かったとして周りが草原だったところと言えば火攻めは相模原から座間にかけての台地上でしょうね。
まめこぞうはそのあたりに家がなかった頃を知っていますが、見渡す限りすすきの原で、方向さえわからなくなるような所でした。さらに2回ほどそのススキの原が火事になって燃えているのを見たことがあります。たかがススキと思うでしょうが、その赤黒い炎は激しく渦巻き、高く立ち上っていきました。ここで四方から火をかけられたら・・・古事記に書かれた緊迫の場面が目に浮かぶようです。

昭和47年頃の相模原市新磯野(あらいその)
(相武台駅北方)
まだ家は建っていません。
ひたすらススキの原と桑畑が続いていました。

キャンプ座間の向こうに大山が見えます。

厚木も草薙の地の可能性が

草薙の地は相模であるとする説はもう一つあります。それは厚木です。
この説はまめこぞうがたてたものではなく、かなり前から発表されています。
火攻めの話の次に東京湾を横断するとき、嵐を鎮めるために海に身を投げたミコトの妻、オトタチバナヒメノミコトが最後にうたった「さねさし相模の小野に燃ゆる火の 火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも」といううたからみて、草薙の地は相模の小野であるというのです。厚木には小野橋(おのばし)という地名があります。
足柄峠を越えたミコト一行が平野に出たところ、ちょうどそこが小野橋なのです。

しかし古事記にある「小野」の「お」は、「野」に対する接頭語で「小野」という固有名詞を表すものではないと言う説も強く、小野という地名のない座間方面が草薙の地であってもいいことになるわけです。

座間と草薙

 そして不思議なことがあります。相武台前駅のあたりに「草薙」というお名前の家がいくつもあるのです。(相武台という地名が相武国と偶然一致しますがこれは昭和天皇陛下が命名なさったもので、古事記とは無関係です。)全国でも珍しい姓なので専門家が草薙家に調査に来たこともあるそうです。なぜこのあたりに草薙さんが多いのか、本人にもわからないそうです。ひょっとしたら・・・・

おまけ

まめこぞうは子供の頃、諸星大二郎さんの書いた「暗黒神話」というマンガを読んで強い衝撃を受けました。主人公の少年の周囲で起こる数々の怪奇な事件や不思議なものがすべて一つに収束し、さらにヤマトタケルノミコトをめぐって壮大な話になっていくのです。
これを読んでしまったために地方のマイナーな歴史に興味を持つようになり、それがこの「まめこぞうの旅」を書くきっかけとなったのです。
そして大人になった今、タケルに少しでも近づきたくてタケル達が通ったであろう道筋にわざわざ引っ越してきたのです。自分だけのロマンを抱いて・・

まめこぞう

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