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第21話 目久尻川源流

2003年11月27日 00:00

第21話 目久尻川源流

第21話 目久尻川源流

 目久尻川は座間市の中央を南北に流れ、座間市、特に旧栗原村の歴史と深く関わってきました。
今回はこの目久尻川の源流を探ってみたいと思います。

目久尻川由来(ゆらい)の碑

 目久尻川が国道246号線と交差するあたり、栗原派出所のそばでは一部にふたをされ、その上が公園のようになっています。そこにある黒い石碑に目久尻川がどんな川なのかが書かれています。
これによれば目久尻川の水源は小池(こいけ:相武台前駅の東方、住所は栗原)と蟹が沢(かにがさわ:相武台前駅の南側、公園になっている)とされています。

新編相模国風土記稿(しんぺんさがみのくにふどきこう)

 江戸時代、天保年間に書かれた地誌、新編相模国風土記稿栗原村の稿には
「川 村内北方小名小池より涌出又中程字(あざ)牢場(ろうば:現在の芹沢公園)より流出する清水合して南流し、隣村柏ヶ谷村に至って目穿川(めくじりがわ)と唱ふ」とあります。
つまり川は小池から始まっているけれどめくじりがわというのは海老名市での名だということですね。ところでなぜ目久尻川が「目穿川」なのかはまたいずれ・・・

地形図上の川

 たいがいの地図には小池の集落のあたりから目久尻川が始まっていて、蟹が沢の方には川のマークすらありません。これは水が流れていないのではなく、地図づくりの総元締めである国土地理院のルールで、流水の幅が1.5m未満の川は地形図に書かないことになっているからです。

本当の最上流は?

 蟹が沢はたしかに相武台駅の近くで突然崖にはばまれ、ここより上流はないと思われます。しかし小池でははっきりとした川がまだまだ上流に続いています。
相武台東小学校の真下をくぐっているこの川をたどっていくと、相模野小学校の横を通るまではほぼ南北ですが相模が丘小学校に近づくあたり、相武台2丁目と広野台1丁目の境で急に方向が変わり、東西になります。そのままマンションの裏で小田急線を越え、さらに行幸道路を越えます。ロイヤルホストとガソリンスタンドの間です。さらに100mほどいくとまた流れの方向を大きく変えますがそのあたりから水路が見えなくなり、わからなくなってしまいます。
よって、目久尻川の源流はここ、広野台1丁目と相模原市相武台3丁目の境、ロイヤルホスト裏と言っていいかもしれません。

さらに上流は「かれ川」


 目久尻川は座間市から始まっているといってしかられることはないと思いますが、実はまだ上流があるのです。ただしそこは普段は水が流れていませんので川とは言えません。しかしまわりより低くなっている谷がずっと続いているのです。
まめこぞうは実際に歩いてこの谷を調査しました。その結果が右の地図です。いやあ、歩きまわってほんとに疲れました。
緑の部分が谷筋を表しています。大きなものでは谷の幅100m以上、深さ10m近くになります。小さなものではそこが谷であることがほとんどわからない場合もあります。地図を見て一目瞭然なように、これは川の支流だった所です。7万年ほど前に相模川がここを流れていた跡です。その後相模川が流れを西に変えてここから離れてしまい、多量の水が流れなくなった所に空から火山灰が降り続き、川原を埋めていったのです。
広野台1丁目のあたりと蟹が沢はわずかですが当時から水の流れがあり、少しずつ降り積もる火山灰をそのつど押し流したと思われます。だから深い谷ができ、今でも水が流れているのです。

川のない谷
相模原市相模台5丁目
自転車のいる場所が谷底
谷の幅は100m以上
谷の深さは数m

謎の地形

 地図のA地点を見てください。目久尻川の源流と言った地点ですが、ここで谷が不自然に曲がって迂回しています。まめこぞうは地質学的にこの場所で谷をふさいでしまったものがあるのではないかと考え、調査中です。
ちなみに、東京都立大学名誉教授であって火山灰研究の第一人者、町田洋(まちだひろし)先生は、「相武台から小田急相模原にかけてわずかな高まりが連なってできているが、約5万年前の箱根火山の大爆発による火砕流が座間や相模原を襲ったあと、(これは本当にあった話で、証拠がたくさんありますのでまたいずれ)その火山灰が吹き寄せられてできたもので砂丘のようなものだろう」とおっしゃっています。
まめこぞうはこの砂丘が蟹が沢と広野台で谷をふさいだため蟹が沢はそれより上流がまったく川ではなくなり、広野台では流れが迂回せざるをえなくなった、と考えています。
なお、その後の5万年間に20m近い火山灰が降り積もっています。

枯れ川に水は流れるか?

 大雨が降ったとき、この谷に水が集中して大変なことになったことがあります。
広野台1丁目は台風のたびに床下浸水でしたよね。でも今は相武台団地の入り口に貯水池が作られ、浸水はしなくなったようです。
小池は今でも大雨が降るとバス道路が池になって車の通行ができなくなることすらありますよね。でも目久尻川の改修工事が急ピッチで進められていますのでこれも来年は見られなくなるかな?
このあたりにあふれる水は枯れ川を流れてきたというより、周囲の開発が進んでアスファルトやコンクリートなど水を浸透させないものが大地をおおうようになったため、雨水がしみこまないで低い方に流れてしまったことによります。
しかしまったく開発されていなかった頃、土の上を水が流れる、というより水がたまることもあったようです。
ちなみにまめこぞうはずっと前、キャンプ座間の西隣にある相模原市の窪地に水がたまって数ヶ月間池になっていたのを見ました。カモがたくさんいました。今、そこは霊園になっています。

小池弁天の伝説


 何度も名前が出てくる小池の集落には弁天様の小さなお堂があります。ここにはまめこぞうがとても興味をひかれる伝説が・・・
「日本武尊」の回に登場した相模原市の大沼にも神社がありますが、この神様は男性で、小池の神様は女性、そして大沼の神は小池の神に恋をして大雨が降ると大蛇に姿を変えてはるばる小池まで来た・・・というのです。
いつものまめこぞう風に解釈するなら伝説に登場する大蛇は人のことですから、大沼の方に住んでいた男が小池の娘にほれて雨の日(雨だと仕事がないから?)に会いに来たと考えるのですが、今回はちょっと違います。確かに大沼の近くまで例の谷がのびているからです。ただ、残念ながら谷は大沼には直結していませんでした。それでも大沼の見えるすぐ前まではあるのです。
昔の人はそれを知っていて大雨が降ると大沼の近くから水が押し出してくる様子をこのような伝説に置き換えたのかもしれません。

小池の弁天

大沼神社

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