第38話 陸軍の水道

第38話 陸軍の水道

 第38話 陸軍の水道

座間市立図書館の北側に、谷戸山公園の入り口となる小さな道があります。左手に図書館を見て市役所側からこの道を前へ進むと、右側に畑が現れ黒い電柱が立っています。その電柱の手前、道の端に縦横20センチもない小さな四角柱が頭を出しています。とてもいい材質で、よく見ると道路側に「陸」と1文字だけはっきりと彫られ、その文字の部分が黒く塗られています。
 これは昭和12年頃に建てられた陸軍標石で、この道が日本帝国陸軍の管理地であったことを示しています。

これが標石です

○の部分にあります

図書館北側の道

明王堂

 こんな道になぜ陸軍?

この道を奥に進んでいくと、やがてT字路に突き当たります。ここが「谷戸山の伝説」に出てくる「明王堂」(みょうおうどう)があった場所と言われています。フェンスで囲まれていますが、キャンプ座間の水道に関係ある施設です。この施設はもともと陸軍士官学校(現在のキャンプ座間)に水道水(地下水)を送るために作られたものでした。

西老場の水源

上栗原橋左岸

上栗原橋右岸

 栗原中学校の北東にある「西老場」(にしろうば)という谷の下と、同じく栗原中学校から西へ坂をおりた目久尻川の上栗原橋の両岸に、やはりフェンスで囲まれた施設がありますが、これらは地下から水をくみ上げている無人のポンプです。ここでくみ上げた水を水道管で地下を通して明王堂へ送り、さらに士官学校へと送っていたのです。

標石、見えませ~ん

 つまり、冒頭の陸軍標石は、ここが地下に水道管を通す大切な水道道(すいどうみち)であることを示しているのです。おそらく昔は水道道の両側にいくつかの標石があり、それにはさまれた部分が陸軍の土地だったのでしょうが、現在道路近傍にはこれ一つしか見あたりません。
しかしその一つでさえ最近は畑の小屋の中に隠れてしまって見えなくなっています。
見に行こうと思っている人は写真で我慢して勝手に小屋に触れないでくださいね。

 まだまだある陸軍標石

さきほどの「明王堂」の水道施設に話を戻しましょう。このフェンスのまわりをぐるっと回ると、フェンスの角ごとに標石が立っていることがわかります。すべて同じ大きさ・形で、「陸」の文字がはっきり読み取れます。たいがいは「防衛施設庁」と書かれたもう少し細長いコンクリート製の標石とペアになっています。
結構たくさんあるのですが、周囲が森や急斜面になっているので正確な数は調べていません。
冬でないと草に覆われて見つけにくい上、蚊や蜘蛛がいっぱいいて探す戦意を喪失します。

上の写真の周囲

左に同じ

 ちなみに陸軍士官学校周辺にはたくさんの標石があったらしいのですが、その多くは(たとえば富士山公園)敗戦直後に地中に埋められたといいます。それはこの標石を守るためだったのでしょうか?それとも軍用地と民有地の境界をあやふやにするため?どちらだったのでしょう?
それに対して「明王堂」周辺の標石がしっかり残っているのはとても興味深いですね。

また、防衛施設庁の標石の方が何十年も新しいのにぼろぼろに風化しているのを見ても、陸軍標石の質の良さが光ります。文字の色さえしっかり残っているのですから。


防衛施設庁

自衛隊設立後、平成19年まで防衛関連施設の管理は日本の「防衛施設庁」が担当していました。そのためこの水道施設周辺には「防衛施設庁」と書かれた標石もたくさん立っています。
平成19年に防衛庁が防衛省に格上げされたとき、防衛施設庁も防衛省に統合されて「防衛省装備施設本部」になったらしいのですが、まだ改称した新しい標石はありません。

 

 水道施設はアメリカと共同管理

今はこれらすべてをそのままキャンプ座間が引き継いで使用していて、アメリカと日本が共同管理しています。英語と日本語で「勝手に入るな」、というようなことが書いてありますね。フェンスの中は一応アメリカのもので、そこは日本であって日本ではない・・
でも無断で入ると日本の法律で罰せられます。
 ポンプは定期的にアメリカ軍の軍警察(ミリタリーポリス、略してMP)が点検に来ます。
なお、これらの施設を日本に返還するよう強く要求をしている団体もありますが、いまだに返還されないところを見ると、現在でも重要な意味があるものなのでしょうか。

 

 これは市役所ができる前の谷戸山周辺の航空写真です。
丸で囲った部分が「明王堂」、矢印が地下水道管の通る道です。この道の上に市役所が建つことになったため、水道管は移設され、現在も水を送り続けています。

 座間の水道

座間市は上水道として地下水を多く利用していることで有名ですが、芹沢などからくみ上げているポンプ施設は、この陸軍や海軍のポンプを参考にして作られました。


マニアック

世に電車マニアは実に多く存在します。時刻表、車両、機械、連結器、駅など、様々な専門分野に分かれるようですが、廃線・廃駅マニアさんの気持ちはまめこぞうもとってもよくわかります。他にも石仏マニアなんて言葉をよく聞きますが、まめこぞうは石造文化財のマニアと自覚しています。しかしマンホールマニアなんていう人の存在を知ると、自分がまだまだだなと思えるのです。NHKの「熱中時間」という番組を見ると上には上が・・ああ、そんな物もあったかぁ!よく見つけたなぁ、と感動します。
鉄道好きの男性が「てっちゃん」、同じく女性が「鉄子」(てつこ)、歴史好きの女性が「歴女」(れきじょ)と呼ばれるなら、さしずめまめこぞうは「石太郎」「みっちゃん」(そんな名前、ありませんけど)をめざしたいと思っています。
海老名には海軍の標石がたくさんあることを前にも書きましたが、陸軍の標石は座間市内にももっと残っているかもしれません。相模原市ならさらにあってもおかしくはない・・マニアの血が騒ぐのですが、軍施設設置当時、土地を強制的に買い上げられた方々のことや戦争そのもののことを考えると、石を見つけたからとのんきに喜んではいられませんね・・・